10 AUG 04


昨日の晩は最近遅れ気味だったブログの更新の反省会なんてもんをやって寝た。フジロックで壊れた頭が動きをスローにしてるのね。ニュースについての書き込み、情報はブログのジャーナル、kunichiのところに送ってね。俺は2つ書かなきゃならんから辛い。
今日は昔の中山道である国道19号をひたすら南下するドライブ。山間の道には日本家屋がへばりつく景観なのにところどころワイナリーが。なんだか不思議だけどそういわれてみりゃなんとなく山の緑もカリフォルニアのナパバレーみたいに見えてくるから不思議。けどワイナリーと信州そば屋が交互にあるってのも..。長野をとうとう脱出するとそこからが木曽路って奴、そこで奈良井の宿っていう江戸時代の町並みがそのまま残る宿場町ってのを見つけて寄ってみる事に。そこが素敵に素晴らしかった。何しろ街のメインストリートの両側が始めから終わりまですべて同じ木造建築で、古いのだと300年位前に建てられたものらしい。古い家屋ってのは所々散在はしているけどここまで固まって残っている所ってあんまり知らない。何ともいえないチルな空気が漂っていて、後ろの山々と完全に調和している。やっぱり日本には日本の建築があうのかな?思うけど日本は本当に昔のものを大事にしないのね。ヨーロッパでもアメリカでも歴史があるところにいけば必ず古い町並みがあってそれを大事に保護しているでしょ?もちろん中は改造自由だけど、日本はそういう街を保護しようっていう考えが全くといってない。歯抜けみたいに残ってても風情もクソもあったもんじゃない。本当に六本木にある男根思想の固まりのようなわけのわからんビルばっか建てちゃって。少しは景観とか考えろっての。見学させてもらった旧家は風通しもよく、冷房なんていらない感じ。ちょっと横になってみただけであやうくよだれを垂らして寝ちまう位調子いい。汐留のクソビルともが東京湾の潮風を遮って、都内の温度がさらに上がったなんて話とは対局ですな。そこの町並みを皆でスケートで滑り降りるのは本当に気持ち良かった!日本の町並みだけで撮るスケートビデオってのはかなりいいんじゃあないかなぁ。なんてことを考えさせる一日でやんした。



11 AUG 04


朝から名古屋郊外の道の駅でまたまたお日様によって強制的に起こされる。これはもう暴力レベル。夜は気温が下がるんで寝袋に入って寝るんだけど、朝は太陽の熱で寝汗をビッショリかきながら寝袋から脱出することが出来ずにもがきながら目覚めるってのが日課となっております。つ〜か毎日野宿だな俺たち。排気ガズにさらされて鼻毛も皆さんお伸びのようで。そんな強者ルックスを獲得したもんだから、俺たちを叩き起こしに来た駐車場の管理人さんも思いっきり引いて、そのままにしてくれました。お昼には名古屋を目指す事に。やっぱ名古屋ってのは関西色の方が強いんでしょうか、バスを走らせていると隣の車線の人が話しかけて来たりかなりフレンドリーというか、なんというか関西。昼過ぎには名古屋の中心街、栄に着いてそこで各自散って自分のブログテーマを掘ることに。フランキーはレコードを、アキラやケンタロウ、オサはスケートに、なんて感じ。皆大人になってきました。
俺?俺は気温が39度になるっていわれた時点でモジャと一緒にマンガ喫茶でマッサージ椅子に座りながらしばしの休憩ってやつですがな。一人マンガを詠みながらジミヘンを聞いているとうちのアホ男衆のことをさっぱり忘れ、リ、フレッシュ!夕方バスに集合するとおのおの収穫がかなりあったらしくいい顔してました。今夜は伊勢まで走って、ジャンキー&ホモの弥次さん喜多さんじゃないけど伊勢参りと洒落こむぜ!


13 AUG 04


三重のパーティ「ELEVEN」当日。朝から超ピーカン。雲一つない空から太陽光線が殺人兵器のように降り注ぐなか7時から設営がスタート。何しろ日陰なない開けた草原が会場、そんな中スケートのランプを組んだり、ドームを建てたりするのはハッキリに言って超修行。ただでさえ黒かった俺たちのポディーはもはや気持ち悪い黒さへ。暑さに頭をやられながら、ブツブツ下ネタを口にしながら設営をする。これはもう放置プレイってやつですよ。そんな中でかいアクシデントが!飯の仕込みをしていたジョンが暑さで手元が狂ったのか、幻覚を見たのかキャベツの千切り中に指まで千切り。吹き出す血、傷は骨が見える程で結局病院行き、静脈がプッツリ切れた全治2か月の重傷。これでジュンペイはパーティ中に消えることが出来なくなり、プレッシャーは高まるばかり。会場までの道は路肩無しの一本道、買い物部隊も四苦八苦、一回出ると中々帰ってはこれない。開場時間の昼の1時を回ると続々と客が入り始める。ひゃあ〜間に合わねぇ!どうにかこうにか全てのセッティングを終わらせたのが音楽スタートの1時間前の5時頃。その頃には日焼けですでに体力を奪われて、これから次の日の夕方までパーティが続くのかと思うと一同かなりブルー。パーティはニュートロンのライブでスタート、そこからケンセイへと続く。キッチンでは今晩のメニューの豚バラ丼が思った以上に出る、出る、出る。俺はいつの間にか豚バラ炒め係となり、ただひたすら豚バラ炒め。お気に入りのTシャツがあっという間に豚バラ色に薫りだす。俺たちだけじゃないんだね、腹ペコなのは。13キロの豚バラを炒めきったのはまだ夜の1時をまわらない頃だった...。


14 AUG 04


明けてもパーティ、暮れてもパーティ。このマラソンパーティが終わったのは午後の3時だった。途中各自1時間程は気絶しながら無事完走。俺は夢の中でも豚バラを炒めてました、日中の一番クソ暑い時間帯には水のタンクが空になったらしく水も浴びれない過酷な条件の中、頭が目玉焼きになっている行かれたボーイズ&ガールズは歓声を上げて踊っておりました。いやぁでもいいパーティだったっす。いろんなジャンルの音楽が交互に乱れ飛ぶナイスラインアップ。特に最高だったのはアブラハムクロスとストラグルフォープライドのハードコア勢。アブラハムは高速で繰り出されるエッジの効いたパンキーなリフにノイズが乗っかり展開していく様は、フツフツと血がたぎりつつもサイケデリック感溢れるものでもあり、縦乗りしつつノイズにうっとり。山の中で警察の苦情を呼び寄せるほどの音量は圧巻。そしてそのせいで明け方の時間帯にプレイすることになったストラグルもわずか10分程のライブだったが、マイク無しで魂を絞りきるような絶叫を見せるボーカルにギターとリズム隊が絡み付く内容の濃いもの。ボーカルの今ちゃんは俺の子供の頃の一番の親友であり、スケートだのパンクだの人生脱線ゲームのサイコロを転がされた悪の伝道師!声が聞こえなくても体から全てを発散させる様は凄かったす。しかししかし、いい音楽はやっぱり場所も時間も選ばないんすね。本当にオーガナイザーのアポロを筆頭におつかれさまってやつですがな。三重サイコー、イレブン万歳!ボロボロの体を引きずり、俺たちはパーティの余韻に浸ることなく、次の目的地京都を目指して徹夜のドライブへと旅だったのでした。


15 AUG 04


レディース&ジェントルメン&ミーチャン&ハーチャン!今日は京都は京大の西部講堂でフリーパーティだぜsay you say me!送り火の日である今日はここからすぐに大文字焼き(金鳥じゃあないぜ)も見れちゃって、京都出身のソフトとかのライブやEYEちゃんのDJ見れる夏の思い出の夜の値段はプライスレス!!関西付近の皆、レッツダンス!!オールナイトにゃ出来ないのでお早めにね!
終戦記念日な明け方に無事会場である京大西部講堂に到着。ここやばいっすね。古い講堂が中央に鎮座し、ゴミや廃車も転がるブルータルな光景はかつて見たアムステルダムのスクワットビルを思い出させます。いやぁここでパーティが出来るとはかなりラッキーな事ですよ、なんてたって京都のど真ん中。潰れる前に設営じゃ〜ってことで早速ドームとランプの設営へ。しかしこれだけ毎日設営が続くと体は辛いですな。風呂も最後に入ったのが思い出せない程前、全員イギリスのフィッシュ&チップスのような薫り、まさにオイニーサイクー。京都で京女の友達を作るんだって皆息巻いてましたが、絶対無理!!設営を昼過ぎに終えると今度は大瀧くん率いるT19がいる十条近くのスケートパークへ。ここは1年前にできたパブリックのパークとのことでしたがチュルチュルのコンクリートで出来たかなり素晴らしいボウル付きの最高なパーク。疲れて死亡寸前だったはずのヤング隊はこれを目にしていきなり覚醒、狂ったように滑りだす。しかし素晴らしいボウル、こんなのが東京の中心に出来たらかなりおもしろいんすが。誰か苦情がこない高架下とか知りませんか?そうすりゃゲリラでコンクリもって作りにいきますぜ、俺たち。目の色変えて滑りだしたヤング達を尻目に、ジジイチームは街に買い出しへ。今日と明日はヒカリとアキラの誕生日、男なプレゼントをゲットしなければ!それぞれに帽子と短パンを購入(だって着替えがもう死んでるし)その後は西部講堂に戻って全員で大バーベキュー大会。明日も朝から準備だってのにテキーラ飲んでる場合じゃないんすけど、誕生日のさいか、それとも場所のせいなのか、上がりに上がってしまったヤング達は夜の3時まで勝手に盛り上がるのでした。若さって眩しいね・


16 AUG 04


西部講堂の中で気絶してところを朝もハヨから叩き起こされて水を浴びつつパーティの用意。ぐっすりというか記憶が飛ぶほど熟睡できたんだが、後で聞いたら西部講堂にはお化けが死ぬ程でるらしく誰もあそこでは寝ないらしい。まったく気付かなかったなぁ。天気がまたえらいよくてこれがまたクソ暑い中の作業に。これぞ本当の無間地獄。大学のキャンパスで俺たちは浮きまくり、隣を歩く学生さんからは目をそらされた。やっぱ行水だけじゃ臭いのかな、いや何か根本的な所で世間とはズレてきているのかもしれない...。昼間にスタートしたパーティだったが日差しが強すぎて日向にでれない。日陰が動くとともに椅子を動かすいつもの行動パターンをここでも繰り返す。クルーも体が重いらしく飯の弁当も残す輩も。これっていままでなかったこと、やはりレンチャンのパーティは身も心も蝕んでいく。このままダラダラパーティは終わるのか??そんな気配を打ち破ったのは暑さで危ない目をしていたドライバー1号のマット。何を思ったのかテキーラをガブガブ飲み始めると、ヤング達もそれにつられてテキーラを飲みだす。ソフトのライブが終わり、大文字焼きを眺める頃、気付けば手当たり次第に知らない京都のお客さんにテキーラを強要しだし、もちろん京都のお客さんもこの無礼な東京もんの申し出を心よく受け入れ、よく分けがわからんままに皆でベロベロに。音を止めなければならない夜の10時を回った頃からセクハラオヤジのユニフォームと化したトリップスターのロゴTを着たクルーがボトル片手に敷地内をエヘラエヘラ笑いながら徘徊し、ジャンベを狂い叩きする京都人とそれに踊り狂う人。一人、また一人と酒の餌食となりバスの床に、地面に、体育館の裏でヒックリかえっていく。マットさんはたき火の上を上機嫌で歩き回り、「お前も火の上を歩け!」と人に強要し、無理だと答えたジョンには一言「ちぇ、つまらない奴!」と吐き捨てていました。そんなマットもベンチに座ったまま地面に頭をくっつけて撃沈、その足下ではオサが即死。結局テキーラを17本飲み干し、全員即身成仏、ナ〜ム〜。



17 AUG 04


またやっちまった、また飲み過ぎちまった...。薄暗い天気の中、転がる空き瓶とビール缶、タバコの吸い殻に地面に転がるクルー。誰に飲めと言われた訳でもないんですがまたまた全員で自爆。オサは立っただけでリバースする程の二日酔い。ドームやランプの片付けは誰かの葬式のように重苦しいムード。体が鉛のように重い。けどこれが俺たちのパーティ、旅ってやつです。全然かっちりしてないかもしれないけどパーティ=宴。いい音楽と環境と酒があってそこで知り合った人たちと一緒にその場をシェアできればそれで幸せなのであります。だからやることあっても俺たち絶対人と酒は飲むし、騒ぐ。やってる俺たちが楽しめなくてはフリーパーティやる意味がないし、その場、瞬間はもう2度とはやってはこないからね。一期一会、キリギリス!誰もが知ってる井伏鱒二の訳で有名な漢詩の前には余り知られてない前節があるんだけど、それは

この杯を受けてくれ

どうぞなみなみ注がせておくれ

花に嵐のたとえもあるぞ

さよならだけが人生だ

とある。今回も京都で沢山の人とあって酒を飲んだ。皆さんいろいろ本当にありがとうさん、次飲む日までごきげんよろしゅ〜。
京大の学食で周囲の冷たい視線に片寄せ合いながら飯を食い、雨の中山口目指して京都を俺たちは後にすることにした。これからはいよいよ西日本、家から500マイル、バックには当然ピーター・ポール&マリーの「500マイル」、いくぜ終点沖縄まで!!